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海の向こうから その2

 

 みんながコロナに飽き切った今年の5月、instagramのストーリーズに安斎がふんわり日本に来ていることを示唆させる1枚の写真を投稿しているのを見つけた。どうやら匂わせは日本以外でも行われる様だ。

 

まんまと釣り針に食い付いた俺が速攻でメッセージを送ると、彼から返信があり4年ぶりに日本へ上陸している確認が取れた。再び相まみえるためにちゃかちゃかメッセージを送り合って実際に会う日時まで決められた事を考えると、前回安斎と別れる前にsnsのアカウントを交換しておいて本当に良かったと思った。

 

 

そんで6月、安斎との再会は中野によって果たされる。

 

中野ブロードウェイに行けば、ほとんどのオタクは自分の得意分野の商品に出会う事が約束されているので、買い物に困ら無いのと、ここなら半日なんて余裕で過ごせるし嫌でも足が疲れるだろう、という思惑がありこの場所を待ち合わせに選んだ。俺は歩き疲れて足が痛くなるとお出かけに満足するたちだ。

 

 

中野駅で無事に安斎と落ち合えたのはいいが、以前の記事で書いた通り俺は英語の勉強を高校生の時点で放棄しているので安斎と何を喋ろうにも単語が碌に頭から出てこない。

困った俺は安斎にinstagramでメッセージを送っていた時も頼り切っていたGoogleの翻訳ツールにその日も助けを求め、伝えたいことがある度に翻訳して表示された文をやつへ見せるためにスマートフォンを印籠のように顔に向ける。

どれだけ伝わったか知る由もないが、ニヤッとした表情付きのahやらokといった返事や、水平にした手をひらひら揺らす(恐らく"まあまあ"の意味がある)ジェスチャーが返ってくるので、通じたのであろうと都合よく解釈し、その後も妙に間のある会話をし合った。

以降この会話のやり方が、母国語最優先の我々の基本的な会話の流れとなり、互いに口で返事を返したときに相手へ伝わっていなさそうな時は相手へ翻訳した文を見せ合うようになる。

このGoogle 翻訳には日ごろyoutubeに広告ブロッカーを使うgoogleならず者の俺も、お世話になってばかりで頭が上がらない。・・・・(じゃあyoutube premiumでお布施しますか?)(する訳無いだろ!失せろ!)

 

 

中野で集まったのが昼時だったので、とりあえず昼飯にありつくためにブロードウェイに入ると館内にある天ぷら屋を目指して歩き出した。

着くと待たずに座席に案内されたので座ってメニュー表を眺めていると、なにやら横で安斎は携帯のカメラをメニュー表に向けはじめた。

彼は読めない日本語を見つけると、Google レンズで解読して読むらしく、日本語があまり読めなくてもアプリケーションを使って訳す事で上手く対処している様だった。そして旅人も俺と同じく巨大複合企業Gの犬であることも判明した。

しかし英語表記も無ければ原材料やカロリー表記も無い昔ながらの縦書きのお品書きには、Googleレンズもあまり対処してくれなかったので、おとなしく当たり障りのない天丼を二つ注文した。

隣のテーブルでは、すぐ近くの中野サンプラザでアイドルのライブを観た帰りのオタク達が、公演中に気に食わないコール&レスポンスをしていた一派について、アナゴ丼を食べながら熱い談義を交わしている。

それを盗み聞きしたり、安斎の勤めているミニチュアゲームを取りつかうおもちゃ屋の話や、つい先日おれが無職になった報告を話したりしながら天丼を待つ。

しばらくして到着した天丼を食べ始めると安斎がイカ天をつついて「これは何だ?」と聞いてきたので、squidの単語が出ない俺はギリギリ脳の端っこから見つけた単語で「クラーケンだ。」と答えてみたら、伝わった様で笑われた。ありがとう脳の端っこにいたパイレーツ・オブ・カリビアンの怪物。

隣がハロー!プロジェクトのオタクであることがなんとなく分かったあたりで、思いのほか量があった天丼を食べ終え店を出た。ちなみに安斎は箸を上手に使う。

 

 

膨れた腹で館内を散策する二人。

かく言う俺も数年ぶりにブロードウェイへ足を踏み入れたので、ここの迷宮具合には過去に数回訪れたとはいえ目がやられる。なぜまっすぐの廊下が途中でくびれるのか、なぜ正面入り口に近いエスカレーターは2階を飛ばして3階に我々を運ぶのか、なぜまんだらけの会議室?の壁はスケスケなのか等々。疑問を上げ始めたらきりが無い。

そして初夏のブロードウェイは屋内のくせに外から中に入っても体温は下がらず湿気があり暑い。安斎もこれには苦痛かと思いきや、早速ATMでお金を下ろしたいと言ってくる。熱い。

どうやらこの館内の暑さは此処に訪れた各分野のオタクによって放たれた熱気が起因するものだと思われるが、その一端を安斎も担っている様だ。

 

 

引き出した現金もといなまがねを手に歩き出した安斎と俺は、ショーケースの並ぶ小さなカードショップへ入った。

ここで彼は、MTGのブースターパックをいくつかを手に取りレジへ向かい、タップした万札で店員に清算してもらっていた。

聞くにアメリカでもう手に入らない弾が置かれていたり、円安の影響もあってか向こうでの価格より何割か安く販売されていた物を買い込んだらしい。

お釣りを受け取った彼は、よく見ると継続高校(ガールズ&パンツァーに登場する架空の学校)の校章がプリントされたコインケースをさっと取り出し小銭を仕舞う。小物にも好きなアニメへの愛を忘れないその姿、正真正銘のオタクである。

 

つづく